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近年発達を遂げているウェブというメディアは次々と他媒体の表現や良さを取り入れながらウェブ独自の特性を確立されようとしている。その中で未だ表現されないカタチがある。いや、カタチというものは方法論の結晶であり、今回取りあげたいものは結果をみた人間の内に巻き起こる感情のことである。紙では表現できないモーションやムービーではできないインタラクティブ性を取り入れられるウェブだとしても未だ表現されていないウェブの未知なる顔がある。
それは懐かしさなどの感情を回帰させる哀愁の美。
例えば、昔の書籍はそのハードカバーのデザインもそうなのだが年月がたった紙の黄ばんだ変色具合や曲がり具合。汚れたところややぶれたところ。または昔に建造された家屋の柱の痛み具合や床のきしみ具合。欧米の石造りでは石の風化具合や欠け具合。そういう【時間】が作り出してくれる人工的ではないデザイン。
ウェブには自然の時間クロックは存在しない。すべて制御された完全に人工物の世界。そんな世界で時間が作り出す結果(カタチ)を擬似的に人工的に作り出したところで哀愁の美はやってこない。長い年月を経てここまできたんだ、と歴史を感じられないからだ。一瞬で作り出された世界だからだ。
ではゼロイチのビット世界では100%ないのかと問われればNOなのだ。世代の違いはあるにせよ、TVゲームはその美しさをデザインされたタイトルがいくつもある。今ほどの圧倒的なグラフィックスを駆使してリアルでキレイなキャラクターを作り出したとしても縦16ドット横16ドット8カラーパレットしかないカクカクで拡大表示したら「ん?」となるようなキャラクターの起こしてくれる感情を上回ることができない。(オレはマリオブラザーズ時代だな)
これは電子の世界であっても人間に歴史を刻んでいるからなのだろうか。では、ウェブは未だに歴史を刻めていないのだろうか。50年後には生まれているのだろうか。
ウェブ制作者として、ただのインターフェイスの連続ではなく体験させ歴史として刻まれるウェブを作れたらなと思う。
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